ご存じの通り、連日米軍とイスラエル軍によるイラン攻撃への対抗によるイラン軍によるホルムズ海峡「封鎖」と原油価格急騰(100ドル/バレルをヒットしてしまいましたが、イラン側は「200ドルも覚悟しろ」と報道されました)の問題が論じられています。当事務所においても石油開発やLNG船などエネルギー関係も扱っている関係で契約書のチェックが必要となりますが、この機会に石油タンカー、LNG船を想定して現時点での戦況を踏まえた論点を英国法判例に照らしながら簡単に指摘しておきます。なお今回は主として荷主(=傭船者)の目線からのコメントになります。
1.生産設備のFM宣言と傭船料の関係
カタールのLNG生産基地が攻撃され生産者側においてフォースマジュール(FM=不可抗力)宣言が出されています(WSJ記事など)。同様に石油生産設備に攻撃がされており、適宜FM宣言が出されそうです。当該FM宣言がなされますと、事態の改善が無い限り、一定期間経過後に石油やLNGの売買契約上の履行義務は解除されるのが一般です。問題は傭船された石油タンカーやLNG船の傭船料の支払い義務の点ですが、一般的にカーゴの積み出しができようができまいが、傭船料の支払い義務は残ります。“The Safeer” (1994) 等の英国法判例が示す通り、カーゴの調達不能は「傭船者のリスク」です。船主は「船を貸し出すこと」が義務であり、傭船者が「積むべき荷物を持っていないこと」は、船主の義務履行を妨げるものではありません。生産者がFMを宣言しても、傭船契約上は「船は荷役準備ができている(Ready to load)」状態であれば、オン・ハイアーが継続します。例外的にオフ・ハイヤー(off-hire)として傭船料支払い義務がなくなる条項がriderで入っている場合がありますが(プロジェクトと強く紐づけられたLNG船では見かけます)、一般的ではないので、原則論としては生産設備でのFM宣言があったことが傭船契約のオフハイヤーに直結しないという点で傭船者(荷主)にとって不利です。
2.ホルムズ海峡の事実上の閉鎖と本船通峡拒否によるオフハイヤー主張
荷主としてホルムズ海峡の通過を要請し、これを本船が拒否したという理由でオフハイヤーとできるか(=傭船料不払いの正当化)、という論点ですが、例えばShellLNGTime 1 第36条(War Risks)やCONWARTIME条項では、「船長または船主の合理的な判断(Reasonable Judgement)において」危険とみなされる場合、本船は航行を拒否できると定められています。
この点でこの数日、米海軍が船舶を護衛するとトランプ大統領が発言し米海軍が現時点での護衛を否定、というやり取りが注目されます。この『合理的判断』の基準について、英国判例(Triton Lark 等)ではかつて『危険にさらされる現実的なおそれ』の立証が問われました。しかし、現在主流のCONWARTIME 2013条項などではこうした複雑なリスク評価の負担を避けるため、船長や船主の合理的判断で危険に『さらされうる(may be exposed)』と思われれば通航を拒否できるよう文言が修正されており、本船側の判断がより広く保護される傾向にあります。この際、連日コロコロと変わる「トランプ発言」は当てにしない方がいいでしょうが、傭船者が「護衛がいるから100%安全だ」と証明するのは事実上不可能です。特に直近でイラン側は機雷を敷設したという報道があり(例えばWSJ2026.3.12)、これは大きいポイントです。護衛艦はミサイルやボート攻撃は防げても、ランダムに漂流・設置された機雷を100%排除することは不可能なので、この報道は船長・船主判断に有利に働くでしょう。逆に言うと、今後米海軍などによる護衛によって安全性が100%担保され、更に機雷が除去されている状況(あるいはそもそも機雷は敷設されていなかった、という事実)が確認された場合でも、なお通行拒絶があった場合には荷主側のオフ・ハイヤー主張の合理性は出てくると思います。なお、船舶保険がつかない、というマーケットの噂が出ていますが、これは誤解で、割増し保険料見合いで付保は可能だと認識していますから、「保険が付かないので通行できない」という本船側主張が出た場合には「unreasonable」と解釈されそうです(荷主は本船側とのやり取りの内容を精査)。
3. Frustration(履行不能)の主張可能性
契約上のオフハイヤー主張が現状難しい場合ですが、英国法の理論にfrustration(履行不能)という契約を例外的に解除する法理があります。WSJが「数ヶ月の閉鎖予測」や「生産停止」を報道しているので、荷主としてはそのような報道を論拠に「もはや通峡はできないのでfurastrationによって傭船契約は解除する」という主張が理屈としてはあり得ます。ただfrustrationを主張した経験のある方はご存じだと思いますが、英国の裁判所は「契約は維持されるべき(Pacta sunt servanda)」という原則を極めて重視しますので、現時点でそれを理由にoff-hireを主張して傭船料を不払いすると逆にdefault責任を追及される危険があると言えるでしょう(実務上も今この見通しの中でfruistration主張が通用するとアドバイスするカウンセルは稀だと思います。英国判例法のリーディングケースである “The Sea Angel” (2007) 事件では、本船が108日間不当に抑留されましたが、裁判所は「履行不能」を認めませんでした)。
問題は、今後長期にわたりホルムズ海峡が封鎖された場合、どこかの時点でこの主張の合理性が裏付けられる時点がありうる、ということです。で、将来的に「履行不能(Frustration)」が認められた場合、それまでに支払った傭船料(Hire)を遡って取り戻せるかという、実務的な問いが生じます。英国法の原則に照らすと、結論から言えば、「Frustrationが成立したと認定された『時点』以降の未経過分の傭船料は返還を請求できますが、それ以前(待機期間中など)の既払分を遡って全額取り戻すことは極めて困難」です。
判例(The Wenjiang 等)では、事態が勃発した直後ではなく、「もはや履行再開の合理的な見込みがなくなったと客観的に判断される時点」を消滅日とします。この場合、封鎖開始からその認定日までの数ヶ月間(待機期間)の傭船料は、有効な期間中の支払いとして返還されません。これが一般的なポジションだろうと思います。実務的な問題はその「消滅した時点」の判断はケースバイケースでかなり難しい、ということです。したがって、一方で傭船料の不払いによるデフォルトを回避しつつ、将来の返還請求権を留保するというポジションキープをしておく、その目的で荷主(傭船者)としては権利留保の通知を船主に送っておくというのは現時点でできる一つの実務的対応だと考えます。
以上、繰り返しになりますが、上記は一般的な論点提示までです。他にも紅海ルート代替問題とイラン支持勢力による封鎖の関係(英国判例はかつてスエズ運河封鎖において「喜望峰を回れば契約の履行はできる」と、履行不能主張に厳しい態度を示したが、今回はどうか)、LNG船だとペルシャ湾退避中のLNGボイルオフリスク負担問題など色々あります。傭船契約は各事案ごとに微妙に違っているので、具体的なケースでは契約書を精査し、必要に応じて専門家に確認してください。
困難な時期ですが、健闘を祈ります。
(2026.3.13記)