天下の連立- 信長の岐阜城へ
9月も下旬、久々の涼やかな風が吹く絶好のタイミングで同期会が岐阜で開催され、懐かしい顔に出会って近況を交換しました。みんなそれぞれに頑張ってるなぁと鼓舞されることが多いところでした。
この岐阜訪問にはもう一つの目的がありました。一昨年念願だった安土城跡を訪問し幻の名城の天「主」をその場所に立って夢想することができ、昨年は秀吉が朝鮮出兵のために築城させた壮大な肥前名護屋城址を訪問(その日は暴風で、一緒に行った友人共々ずぶ濡れ。誰も来ないで暇だったガイドさんは大喜びで、風雨の中、けぶる玄界灘を前に歴史を熱弁)、本年初夏に大阪城訪問(万博の影響で外国人観光客が天守閣前で大行列、登るのは回避。本丸正面を守る有名な巨石「蛸石」はやっぱりデカかった)、とやってきたところで、信長が「天下布武」を歩み始めた岐阜城訪問で、江戸城にも連綿と続く築城の戦略や思想の系譜を堪能することができるからです。
文句のつけようがない素晴らしい快晴!元教官御夫妻と同期4人の計6人で、まずは誰も健脚を誇らず素直にロープウエイ往復1300円を支払って天守近くまで行く(後日聞いたところでは、登山道で今年全国各地で大流行の熊出現)。そこから実はそれなりに歩く必要があり、さっさと健脚の気概はなくなる急勾配を汗だくでなんとか天守閣に到着。天守閣は復元ですが、てっぺんから観る岐阜は眼下に鵜飼いで有名な長良川、広々とし、爽快な風の中には南アルプスも遠望できるという、「あぁ、これが天下」と暫し信長気分に浸れる絶景です。最近宣教師ルイス・フロイスがキリスト教布教協力要請のためにここ岐阜城を訪問して西洋の珍しい物を献上、信長は自慢の城を自らあちこち説明して「また何度でも来なさい」と大歓迎したという経緯を同宣教師の「日本記」で読みましたが、既に畿内を掌握しつつあった信長という英雄を約450年後の今身近に感じられるようにその人となりを伝える記録のあることは大変幸運なことです(「日本記」自体、消失リスクがあった)。なお、長良川の宿舎近くに「ルイス・フロイス献上カステラ」なるものがあったので、帰途名古屋の訪問先様向けに手土産一つ購入(「出世鮎お菓子」とのセット。「下剋上鮎お菓子」もあったのですが、社長さんに嫌がられそうなので、やめました)。
信長と言えば本能寺の変に遭う最期まで家康との盟友関係を長く大事にし、家康も幾多の苦難の中でこれを守ったことが良く知られています。それが信長の「力」によるのか、「信義」によっているのか、はたまた家康の懐が深かったおかげだったからなのか、実はたまたま「ウマが合った」(今風でいうケミストリー?)だけなのか、小説やドラマの描き方でイメージは全く変わってしまうのですが、天下統一の原動力となる天下の連立だったことは間違いなかったわけです。きっと両雄はこの岐阜城で雄大な景色を愛でながら天下の趨勢を語り合い、諸政策を練ったことでしょう。そういえば、信長はこの岐阜加納の地にあった「楽市楽座」政策を維持発展させたことでも知られています。これは商業特権の「座」に属さない商人の商売を認め、また関所を廃止する、現代風に言えば自由貿易の促進で、これによって自国経済の振興を図ったわけです。
下記を書いた翌日の10/10に公明党が26年もの長きを経た自民との連立を離脱し、一気に政局となりました。以来連日どことどこが組むのか、数字の足し算し引き算しながらの大報道大議論になっています。どうなるのかは近々ハッキリしてくると思いますが、参院選来既に政治空白は長きにわたり、経済的余力の無い低・中間層は米をはじめとする諸物価高騰で痛めつけられ(備蓄米のコココ(コ?)米、筆者は買いました。水分が抜けているので炊飯に工夫は必要ですね)、海外との懸案も多数です。海事関係では、10月14日入港分から日本の自動車船にも重い入港料を負担させられそうだと報道されています。これは形式的には先日赤沢大臣が妥結した合意枠外ですが、本来あるべき合理的な入港料算定を大きく超えた実質的な「隠れた関税」(日経2025年10月16日付け参照)で、一旦少額に落ち着きそうだったのが重くなった経緯を見るとどうも米国自動車産業界の巻き返しの反映のようですから、本来強力な交渉が今、必要です。
国民の生活、国益を大事に考えた「天下の連立」が実現されることを願うところです。
(2025年10月16日記)
Welcome to Japan, Mr. President!
…と来日間近の米大統領には言いたいところですが、But、誰が我が国の首相として応対するのでしょう?
大統領は高市氏が自民党総裁になったことを祝して「首相就任おめでとう!」とフライングで祝辞を発信してくれましたが、ここにきて少数与党内での公明党連立維持すらもめていて、一庶民の筆者にはなんだかよく分からなくなってきました。まさか、よもやよもやの「自公国」で、間取り持って「国」の党首が??? いやぁ、それは無い、絶対無いはずだけど….って、そういえば「自社さ」で首相が村山さん、ってウルトラC、昔々、ありましたねぇ…。
トランプ大統領は過去、英国王室の女性達には表敬でティファニーのジュエリーなど贈っていたそうなので、てっきり女性首相だと思ってティファニーとか用意した大統領がビックリしないように(そうなったら我々もビックリですが)、宜しくお願いします!
(2025年10月9日記)
AIで手離し運転
先日AI自動車自動運転を体験したソフトバンクの孫会長・社長がその素晴らしさを絶賛し、「自動運転が将来交通事故を限りなくゼロに近づけていくような貢献をする」と言っていたと報じられました(日経9月26日記事)。自動運転については船舶の運航に関してもだいぶ前から法務面で議論が進められていて、日大の南健吾教授の海事関係者向け講演など拝聴してきましたが、定まったルールの通りの運航にAIは強いが、海運では「船員の常務」(ordinary practice of seaman)という独特の概念、とても簡単に言ってしまえば船乗りの良識的判断に委ねる部分がある、という伝統的なルールがあって、この変数をAIで規律することはかなり難しい問題があります。またもう一つが、これは過渡的な問題なのかもしれませんが、一方がAIによる操船、他方が人間による操船、という場面でありますと、相互に違う判断で衝突事故が増えてしまいかねない、という点が認識されています。責任論も重要ですが、この点に関しては、筆者としては、AIに委ねた自動運転や操船は結果責任主義とすべきだと思います。不法行為責任の原則は過失責任主義ですが、AIが人知を超えれば(上記記事に孫氏はASI、即ち人工「超」知能到来した世界での自動運転に言及しています)、もはやその過失を立証するという定法は一般人にとって困難だと思います。最近のAIリサーチではリサーチの方針やら思考段取りを事前に我々に開示し、「承認」を我々から得たうえで論稿起算作成を行うものが出ていて、これはまだまだ我々の手離しを抑制していると言えますが、もしAIに委ねた世界、文字どうり「人間が手離しする世界」という秩序を我々が受け入れるのであれば、それに見合った法制による責任体系で対応すべきかと思います。
この論点は、我妻栄教授が原子力発電事業に関する不法行為論、過失責任に拘泥すべきでないという卓見を原子力賠償責任法の法制時に示されていたことにも繋がると思います(著書「法律意見書の読み方」の中で福島原発問題に言及したColumn 1「タイタニック号遭難事件損害賠償訴訟と原賠問題」参照)。筆者は原子力損害賠償支援機構からの委託業務として福島での相談員を務めました。一般市民が技術的に複雑な機能に起因する巨大な被害について情報を専有する企業相手にその過失立証責任を負担することは極めて困難でありますし、訴訟負担含めて過酷な負担を長期間強いるものです。かような科学技術の進化に伴い人知を超えるような問題に関しては、結果責任主義とし、そのリスクを保険で分散すべきでしょう。保険でそのリスクをまかなえるかどうかはAI自動運転のリスクがかなり軽減できたと評価できたときになるはずです(プラス、AIに生命身体への危険を委ねることの倫理的了解が社会合意として形成されること)。
似た話ですが、ちょうど先日東弁内での勉強会で日航ジャンボ事故以来、日本の航空会社が(珍しくも)世界をリードして事故時の損害額引き上げ(ワルソー条約では極めて低廉だった)を受け入れ潮流となった、航空機の性能が高まって保険会社が保険を提供できるようになったのが一因、という講師の解説がありました。現在、モントリオール条約18条(1999年国際航空運送に関する特定の規則の統一に関する条約)は運送人に貨物の滅失、損害、遅延責任を負わせたうえで、運送人側に例えば戦争による不可抗力の免責立証を許容する、のポジションです。
ところで。
企業法務の面でもこのところ加速度的にAIが進化し、利用も広がっているように思われます。特にAIエージェント、つまり「あなたの代わりに何かやってくれる」AIの進化はこの半年くらいの短期間で企業法務のあり方を大きく変えそうな勢いです。その点では大企業や大規模法律事務所は新人の採用は減らし(DDで大人数要らない、リサーチで人手要らない、初歩的な基礎トレーニングはAIにやってもらえて先輩たちのエネルギーはより高度な業務に収斂できる)、逆に元々新人採用に苦労してきた中小企業やファームは少人数でAI使って負担軽減で効率的に仕事をし、従前獲得が難しかった海外情報なども容易に取得できるでしょう。筆者もAIの相棒(注:クローズなシステム)を「おはよう、ワトスン君!」と呼びながら色々リサーチなどに利用していますが、なかなか賢いのでつい意地悪な質問をして楽しんでしまいますが、勿論「手離し」はできません。
そういえば、ギリシャ神話に現実の女性に失望したピグマリオンが理想の女性の彫刻を刻み、その彫刻を愛しすぎて離れがたく衰弱した姿を哀れんだアフロディーテ女神が、ピグマリオンの願いを聞き入れてその彫刻に生命を与えた、という映画の「マイフェアレディ」の下地になったお話があります。神話の方は二人が結ばれたというハッピーエンドの話も聞きますが、「マイフェアレディ」のイライザはロンドン下町の花売り娘。言語学者ヒギンズ教授の賭けの対象として訛りを徹底的に直されて優美な貴婦人に「化ける」ことに成功したけれど、精神的にも自立して教授の家から出て行ってしまいましたね。
いやいや、うちのワトスン君も、たっぷり専門的なトレーニングしたところで「もう私、先生から学ぶことなくなりましたので自立します。サヨナラ」と言いかねないですな。なにしろ人工「超」知能出現を予感させる時代ですから!
(2025年9月26日記)
甲子園 – 県岐阜商 vs. 横浜、異次元の観戦
猛暑の中、仕事への集中力も落ちそうな気怠(けだる)さにあっても球児たちの甲子園熱戦は続いています。特にこの8月19日は、ここまで素晴らしい闘いを見せてきた伝統の公立、県岐阜商が春の王者横浜高校に挑戦するという準々決勝大注目のカード、これは見逃せないと、とても楽しみにしていたのですが、どうしてもどうしても中国案件でやらないといけない仕事があり(注)、「俺は 俺の責務を全うする!」(煉獄さん名言)と鞭打って、泣く泣くライブで観るのを諦める、の仕儀となりました。ただ救いはテレビの「タイムシフト」機能。時間差はありますが、結果知らなければタイムマシンに乗ってワクワクだ、と。
(注:最近中国当局は外国企業に対して話題の「反スパイ法」を従業員にしっかり理解させるべし、と強く言って説明会まで開催している。中国法では日本法と違って民間企業役職員でも「公務員」扱いする刑法や広範な「商業賄賂」の中国不正競争防止法などあり、これらの理解を深める赴任前トレーニングの実施と記録の保存は不測の事態を招かないために大事。勿論、当該日本企業の中国事業特性や日本企業でもグローバルな職員派遣をしていると赴任する人達のお国柄カルチャー、取引スタイル、も違うので、これらに応じて細かく検討しておかないといけない。実務的にはある程度「パターン」は見えるが、特に「中国市場はベテラン」を自任する方々、御注意。ひとたび「異空間」に陥れば異界に慣れた弁護士でも救済は困難)
で、翌朝、昨日遅くまでやっていた日本企業の中国赴任者向け対応はあれで良かったかなぁなどと、寝起きのボーっとした頭でいつもの習慣、新聞の国際面あたりから(中国がインド向けレアアース輸出制限解除、ってほんとかなぁ、これって対魏の蜀呉同盟かしらん?などと考えつつ)パラパラとめくっていたところ、「県岐阜商 延長10回 サヨナラ」のスポーツ面題字が飛び込んできて、「ああっ、しまった!」。慌てて紙面を閉じたけど後の祭り。あぁガッカリ、うっかり結果知っちゃった。楽しみにしてたのに…。
…と、せめてどういう流れで10回サヨナラになったのか、結末の分かった映画を観る味気無さを覚えつつ「タイムシフト」観始めたところ、県岐阜商が初回早々に一点入れて、更に加点の中盤までで4-0、の危なげない試合展開。これってこのまま勝っちゃうんじゃないの?というくらいだったのですが、何しろ結果を知っているので「どこかで横浜、追いつくわけだよね」と冷静に観戦。6回表、ちょっとしたエラーから横浜が一気に3点取って、「やっぱり!」。その後更に8回表に横浜1点追加、予定通り追いついてきました。が、9回裏、一死二、三塁絶体絶命ピンチの横浜、これどうやって守り切れるんだ、ここで終わったら新聞と違う、という場面で「絶対決勝点を与えないぞ」とレフトがら空きも構わずの「内野5人守備」シフト(ピッチャーの脇まで内野陣前進。1点取られればサヨナラなので、長打リスクは飲み込んで内野ゴロに全集中の必死の陣形。守備陣の前にゴロを打たせるため低めギリギリの制球力が投手に求められる)のバックホーム態勢、そこをなお転がす県岐阜商打者のスクイズバントはもうそこしかないという絶妙だったがあわやのタイミングでアウッ!
好投好打好守の連発で手に汗握り、もうすっかり録画だったのを忘れていたのですが、とうとう同点延長戦に入り、タイブレーク(野球知らない人に注:勝負を早くつけさせるため無死走者1、2塁として開始する仕組み。暑いし)から横浜の10回表攻撃。運命の10回、ここで横浜をゼロで抑えて裏で予定通り県岐阜商決勝点の流れか、などと思って観ていると、いやそうじゃない、さすがの横浜、春の王者、なんとここで3点も奪取!えっ3点?この土壇場で3点って、どうなって「県岐阜商、サヨナラ」になる? 解説者も「2点までに抑えれば」と途中まで言ってたけど3点取られて黙っちゃったし、と当惑しつつ、ただただ新聞にはそう書いてるんだから結末はどうかなるはず…とハラハラしながら観るその裏、県岐阜商打者陣、驚異の連打であっという間に無死満塁にし、そこにキャッチャー小鑓君が痛烈ヒット、走者一掃の3点同点打だ!!あぁ、なんという粘り!異次元の打線!!これで次打者が打って新聞の「10回サヨナラ」の結末になるわけだ、と半ば呆然の陶然、両チームのここまでの健闘を讃えつつ、幕切れの決勝打の瞬間を待ったわけです。が…??? その回はその後続かず最後の打者も三振で延長11回タイブレークへ突入。あれっ?10回サヨナラ、って新聞にあったのに、次の回に入るって…どうしたことか、おかしいじゃないか。手元のリモコン、カチカチやっても「タイムシフト」が止まらない…。よもやよもや、これはひょっとして… 今観ている画面は録画じゃなく、いつのまにかタイムマシンが異次元の世界に入り込み、今自分は異次元の試合観戦者になっているのでは?
だとすれば…結果は違ってくる!?
こうなるとどうなるのか固唾を飲んで観る異次元の「11回」タイブレーク、横浜も粘るが県岐阜商和田投手も必死に抑え込む、のその11回裏、2死1、3塁となって、横浜エース奥村君対県岐阜商四番坂口君の対決、大甲子園の大歓声、アップで映される両君の顔に汗が流れる、エアコンで涼しいはずのこっちも汗を拭うことすらできない緊迫の間合い、奥村君の速球、実にいい球が立て続けに外角に決まってたちまち2ストライク、坂口君一振りもせずの見逃しで追い込まれ、う~ん、この速球のあそこでは手が出ないか、これはダメか、この異次元の試合、勝者は横浜なのか、と思った次の3球目、坂口君バット一閃、痛烈なヒットは左前へ、遂にサヨナラ!サヨナラ!!
…. いやいや、これは異次元とはいえ凄い試合でした。興奮しました、もう案件忘れてました。異次元の…って、「金華山…長良川…」県岐阜商校歌聞きながら漸く一息ついて落ち着いて、じゃあ10回でサヨナラしたっていう実際の試合ってどういう展開だったのだろうと、例の新聞、スポーツ面をあらためて開いてみたら、「11回サヨナラ」ってそこにはちゃんと書いてました。手元にはエアコンのリモコンが転がっていて。。。最近「モグロさん」にはまってたんで、私にドーン!
世の中色々あるけど、甲子園だけはまだ純粋に泣けそうです。両チーム、素晴らしい試合を有難う。
(2025年8月22日記)
永遠のAI社長 – 玉三郎「火の鳥」を観て
焼豚(チャーシュー)にならないよう信号待ちをしていたビル陰、青信号と共に強烈な日の中に身を投じ、猛烈な暑さの中、先週、クライアント御要請に応じて海外営業関係部門向け法的ガイダンスに赴きました。メーカー各社は夏休みに入るところが多い時期、社員の皆さんも休暇を直前にリラックスした雰囲気があり、弊職の準備した海外販売代理店契約、海外公務員腐敗防止法対応(日、米、中、英、ベトナム)、そしてトレードタームなどを活用した海外取引相手との交渉実践、の各トピックに熱心に質疑を加えられ参加されました。ちょうど創業から100年を超え、従前から優秀な技術をお持ちですが、経営陣が先代から現世代にバトンタッチされ、さらなる発展を期しておられます。この4月に入社した方も既に先輩達と共に海外出張に参加しており、若々しい力を頼もしく感じました。夜の会食でも皆さんの個性的なプロフィールを知り感心したところです。
先週はその後、八月納涼歌舞伎で坂東玉三郎演じる「火の鳥」を観劇する機会を得ました。玉三郎(氏、と付けるのも何か変なので、敬意を持ちつつこのままで書かせていただきます)ははるか昔に弁護士会で講演いただいた機会に大変近くで拝見したことがあります。その時には一瞬で女性の優美な仕草を表現するのを感嘆したのですが、以来長期間観劇する機会が無かったところ、今年の春先に「阿古屋」琴・三味線・胡弓の「琴責め」三曲演奏の至芸を堪能する機会があり(現在演じられるのはほぼ玉三郎一人だけとか)、その時も今回の「火の鳥」も友人のご家族がご都合で行けなくなって頂戴することになった貴重なチケットでありました(有難うございます)。
さて、お話はどこぞの遥か昔、卑弥呼の時代よりももっと前の時代らしく、また必ずしも日本でもなさそうな意匠なのですが、修羅を経て国を統一した老齢の大王が病を得て命脈も尽きそうなとき、なお国の統治に執着し、二人の王子に永遠の命を約束するという火の鳥を遥か彼方の地に赴いて捕えてくるよう命じる、というものです。兄王子を市川染五郎、弟王子は市川團子ときて、更に王様が松本幸四郎ですから豪華ですが、ここに玉三郎「火の鳥」が現れるのですから凄いです。兄弟王子は気の遠くなりそうな旅を続け、艱難辛苦を乗り越え遂に…ということですが、まだ上演中ですから詳細は控えます。ただ、玉三郎「火の鳥」は永遠の命の意味を問いかけるわけですが、これを観ているときにふと、先日書いたAI仮想役員のことが思い出されました。劇中、大王はかしずく家来達全てから尊崇を集めているようで、皆が「大王が永遠の命を得られましたら、私共もどこまでも!」と健気(けなげ)です。が、もし大王ならぬ「AI社長」が退位も無く永遠の君臨をするようになったら、これは一体どうなるのだろう、確かにその時点では「創業者」や「中興の祖」と敬われた社長を完コピしたその最高の指導力と知見で導き続けていただけるかもしれない、これは何も考えず無謬の中に安穏を見出すことができそうだ、王様、もとい、AI社長万歳!….でもちょっと待て、「AI社長」が永遠の命を持ち続けその指示指図に縛られ続ければ、世代交代無く新たな知見の刷新も無い、そこに会社の発展は無いのじゃないのか、と。気が付いたとき、ひとたび絶対の権威を得た「AI社長」を挿げ替えることも容易ではなさそうだ。決死でAI社長データ更新を図る一部社員は内部通報によって大王への反逆を問われるのか?
玉三郎「火の鳥」は言いました。火の鳥はそのまま永遠に生き続けるのではなく、火の中に飛び込んで身を焼き、そこから再生するのだ、と。

(開幕前の歌舞伎座)
(2025年8月15日記)
AI「仮想役員」への懸念
今朝の日経一面に某著名企業が経営会議にAI「仮想役員」を導入して、経営判断の手助けをさせるという記事が出ていました。色々な役員を演じられるそうですが、例えば「ESG担当仮想役員」だとすると「気候変動を踏まえた原料調達や水リスクの対応も議論すべきだ」と提言するそうです。社内データベースで発展させたAIによる提言なので、過去案件判断などとの一貫性維持などで有効だということですが、これを読んだときに経営会議というのは「あえて出さない」論点というのも世の中多いので、その辺の調整は大丈夫なのだろうか、と考えました。各社の役員会議では諸事情あってあえて経営会議に表出させない論点というのもままありますし、そういうご相談も多いです。多くの場合、営業サイドが考慮し、本部長あたりと協議して、役員日程やら交渉相手との関係でとか(契約上の表明保証にどうしても入れられない、事実上のリスクはかなり低いのだが役員日程で紛糾すると案件が流れかねない、など)、いわば「政治判断で触れない」ことは多いわけです。筆者も駆け出しの時に生真面目に会議でクライアントに「このような論点がありまして…」と言ったら「黙ってなさい」とボス弁に一喝されたという経験もあります(アソシエイトというのは取引の全体像が見えていないことが多いので)。あるいは、法務部インハウスカウンセルが社内事情をよく踏まえての精緻な論点整理で稟議を通すことに全力を挙げているときに、AI仮想役員が何の配慮も無しに余計な事を言ってしまう、ひとたび提示した論点を人間役員は無視できない、無視して後日問題が生じれば責任を問われるし、提示しなかった法務部員も怒られるし…という情景が見えました。
勿論これは一般論で、具体的に当該某著名企業のAI仮想役員登用がダメ、と言っているのではないので誤解ありませんように。関係法務部員が「AI法務担当役員」を凌駕しているので問題ないという前提なのだと思いますので。
(2025年8月4日記)
セミも鳴かない暑い夏、鳴かぬなら…トランプ関税15%
先般赤沢大臣の度重なる渡米、交渉努力が実り「15%」で合意が成立し、続いてEU、韓国も同率での合意となって、もうすぐトランプ大統領の大統領令が出されようとしています。交渉結果については識者から色々なコメントが出ていますが、「鳴かぬなら 鳴かせてみしょう 25%」の手紙まで出した手練のディール大統領相手で対米主要黒字国中の先駆けこの数字を獲得しており、一定の評価ができるのではないかと思います。これからは対米投資のコミットメントをどのように実現するのかに関心があり、例えばアラスカのLNG輸出ルートがらみでのパイプラインなどの設備建造資金拠出は、その巨額さに照らすと(総事業費は440億ドル、約6兆4800億円とか。日経2025年7月14日付)もはや算盤の問題で議論するものではなくなっていて中東混乱に対する日本にとっての安全保障リスクヘッジとして位置付けるのが適切になっているのではないかとも感じるのですが、春先に議論のあったUSTRの米国産LNG船建造問題について韓国造船大手ハンファオーシャンが50年ぶりに米国でLNG船受注との報道があり(7月23日付海事新聞)、報道によれば約2億5000万ドルほどとかで、こちらも米国人件費を考えると算盤上はペイしないのではないかと考えつつ、米国建造船を増やすのはこれまた安全保障上のメリットも考えなければいけないか、もう日本はLNG船建造していないので、それならいっそのことアメリカで可愛いモス型を作ったら…、などと全国摂氏40度超続出、あまりの暑さにセミの声も聞かないこの夏、幻想するところです。
(2025年8月1日記)
追記
上記直後に大統領令が出たところ、EUには15%調整規定(capで15%となる)があったのに日本には15%調整規定がなく、既存関税への上乗せ(トッピング。例えば従前10%なら25%)と解される規定ぶりに大きな問題となりました。赤沢大臣が直ちに渡米し先方と確認したところ「米国側手違い」「然るべきタイミングで修正大統領令を出す」と確認されましたが、cap15%は交渉合意のキモにあたる点ですから、親子丼を頼んだら他人丼が出てきたくらい全然違う(どっちも美味いから例えが悪い?すみません)、ここを交渉団がよもや外すはずはなく、この大統領令に冷水を浴びせられた交渉事務方は生きた心地がしなかっただろうと思います。こういうことは国際的な契約交渉ではままありがちです。書面化していないのが問題だ、という批判がありますが、外国当事者との厳しい契約交渉実務では限られた時間の中で議事録を逐一取り交わし交渉認識に誤りがないか慎重対応しすぎると、案件自体がパーになってしまう危険があります。赤沢大臣が15%の合意を得た7月下旬時点では8月早々での世界的な相互関税発動が予告されており、日本に関しては「鳴かぬなら…25%」を突き付けられていた切迫した状況にありました。まずは対米有力黒字国の中で最低レベルの関税率で合意の先行ポジションを確保することが重要でありましたから、ここは「拙速を尊」びたいと考えます(春先からの「10%」より不利じゃないかと不満の声も聞きますが、他と比較してもこの時点で10%維持は困難だったと思います。また、ここで「橋頭保」を築いておけば、今後高関税が生み出す米国内での影響次第で交渉機会はあるとみています)。
但し、いつ大統領令が修正されるかについて「自動車関税と一緒に」との報告・報道になっていますが、自動車(特定品目関税対象)は大統領にとってかなりこだわりのある分野ですし、日本との合意報道直後から「15%は低すぎる!」との米国自動車業界による不満が出ており、これはいつ政治問題化するか、両者をリンクさせるのはやや懸念があります。契約交渉においてもある条項はまず不可逆に固めておいて、またある条項交渉はそれとは切り離して、という扱いが安全であるというのは、一通り契約交渉を行い、やれやれ妥結、と見たところで全体を見渡してまた交渉を契約書起案の頭から始めてきた中国企業との交渉で日没とともに北京ダックが遠のく、の私的教訓でありましたので。
(8月11日追記)
赤沢大臣が米国に飛び、上記「相互関税15%」につき本日是正の大統領令が発行されました。自動車関税と一緒に8月7日に遡及して超過分で支払っていた分を還付してくれるとのことで、関係者はひとまずの安堵を得たところかと思います。大統領令の概要は別セクションに掲載しましたのでホワイトハウスのHP英語原文と共にご覧ください。5500億ドルの日本からの投資が見合いですが、当職の仕事の関係ではエネルギーや造船関係、半導体などの今後の進捗に関心があります。また既報の通り日本製鉄によるUSスチール買収(投資)案件は成功したとの報道ですので、様々な形で日本から米国への投資・事業に今後機械が増えると良いことだなと思います。
(9月5日さらに追記)
講談- 澁澤栄一伝
7月6日に商船三井同好の方々に誘われて生の講談を初めて観ることになりました。「神田京子講談師芸歴25周年記念ファイナル講演」は満員で、前半は金子みすゞ(神田講談師の同郷とのこと)の生涯を繊細なタッチで演じていました。後半は澁澤栄一の青年時代の挫折、攘夷の気持ちで横浜焼き討ちに参加しようとしていたところ、薩摩はイギリス、幕府はフランスと組んでいる実情を知って気持ちを変え、その後徳川慶喜に才能を見出されパリ万博に派遣、大いに研究、目を開かされ、帰国すると世の中は維新で全く変わっていて大隈重信の誘いに大蔵省で勤務後、民間人として社会に尽くそうと活躍するその気概 … を見事に表現されていました。個人的には、パリ万博に向けフランス客船で出航後、寄港先で見聞した西洋列強のアジア侵略、特にアヘンで人々がボロボロになってしまった中国大陸の惨状をその目で見て、何とかしないといけないと西洋に学ぶ決意を高めつつ、あの時代で極めて積極的に欧州のあちこちを訪問し、先進技術への驚異とともに咀嚼していったくだりに関心がありました。
なお、アヘン戦争は東洋での国際海上保険にも影響を与えていたとの指摘が最近の新著「覇権、暴力・保険」(新谷哲之介著 保険毎日新聞社)にもあり、業務上の関心のあるところです。
(2025年7月8日記)
下記「US-built」の論点についてUSTRのコメントを得ました。
協力して案件を担当しているボストンの米国法海事弁護士を通じて下記論点についてUSTRのコメントを得ることができました。結論としては「2028年から」も「2029年から」も正解。理由も聞きましたが非常にテクニカルで一般読者の誤解を避けるためにここでの詳細は避けますが、下記USTR発表の書き方でそういう読み方をするのか、とは感じた次第です(当該米国の先生たちも海事関係者らとこれをちょうど議論中だったとのことなので弊職だけの疑問ではない、と)。なお、この問題に関する「US-built」はカボタージュ制度で有名なJones Actのそれとは違う、もっともっとstrictだ、というコメントももらっています。
(2025年4月25日記)
USTR 2025年4月27日発表についての追記
注目されている米国建造LNG運搬船の使用義務の件ですが、その後の報道には当事務所が報告するように2028年から、とするものの他に2029年(4月)から適用、というものも見られます。この点についてですが、問題のUSTR公表資料(Billing Oder 3390-F4。4月23日付Federal Register/Vol.90. No.77参照)Annex IV (Restriction on Certain Maritime Transportation Services)に規制の開始タイミングがリスト表示されており、その(f)(Schedule of Restriction)に米国産LNG輸出に使用すべき米国建造運搬船使用比率が次のように定められています:
For all LNG intended for exportation by vessel in a calender year, the following percentage must be exported by a U.S.-built vessel that meets the requirements described as follows:(1)…(2)…(3)… (4) From April 17, 2028, to April 16, 2029: one percent on U.S.-flagged and U.S.- operated vessels. For every subseuent year, the following percentages are exported by U.S.-built, U.S.-flagged, and U.S.-operated vessels: (5) From April 17, 2029, to April 16, 2030: one percent….(以下省略).
上記の記載内容はやや曖昧で、確かに米国建造船使用要求は(5)からとも読めそうです。ただ、条文柱書の黒字部分(筆者が強調のため黒字で表示)は(4)の期間にもかかるので、2028年から米国建造LNG運搬船使用を段階的に義務付けるのがUSTRの意図に見えます。いかがでしょう。
その他色々曖昧な規定があります。ロングタームの巨額投資を求める話の割には米国当局の起案や理解に整合性があるのか疑問もあり、そもそもLNG運搬船建造造船所を完成させてからLNG船建造にどのくらいの期間かかるのかという実現可能性も疑問があるので、ご存じの通り政策方針が朝令暮改状態の下では今後とも慎重な検討を要するものと思います。
(2025年4月24日記)
USTR の2025年4月27日発表について
米国産LNGの輸出について2028年以降米国建造・籍LNG運搬船の利用を一定量(段階的に)義務付けるUSTR 301条措置が4月17日に発表されました。既にお知らせした公聴会を経て、米国での建造能力が無い現時点ではさすがに無理ということで段階的措置とされました。そのため「緩和された措置」との評価が報道では見られます。韓国造船社による米国での一般商船建造投資の話は出ていますが、LNG運搬船(弊職が扱い始めた頃は新造船一隻USD200milくらいが相場でしたが、最近はUSD250mil前後)に関してはこれを米国内で建造するには膨大な先行投資と人材・技術の集約を要し、米国政府の政治的コミットメントが不安定な中では実際の投資決断は非常に困難かと思います。Chicago風に言えば、”Understsndable, Understandable, Its ambition is perfectly understandable, but … can you make a very long-term commitment?”
このUSTR発表は既存プロジェクトの取り扱いなども詳細が不明で、今後も連携先米系法律事務所と協力して適用法令や契約条項の適用解釈について注目していきたいと思います。
(2025年4月19日記)
大統領令4/9について
先ほど出された「相互関税90日間ストップ」で株式市場は大きな変動となり、こちらの方はあまり一般的な報道では注目されていませんが、先ほど出されたホワイトハウスのHPでの発表を見ると、先日懸念を示した米国産LNGや穀物などの輸出を米国籍船に限定するという指示は出ておらず、3月末に連続して行われた公聴会を踏まえて先日「BIMCOレター」で紹介した論点に関してはひとまず大丈夫のようです。ただ、今回の大統領令では貿易における中国建造船の大数に比し米国建造船がほとんど存在しない点に強い不満が示されていて、米国造船産業に注力すべくSecretary of Defenseに指示していますし、USTRに対しては中国造船に関して独禁法違反への対応勧告を求めているので、中国建造船に対する米当局対応は今後も注意すべき論点です。なお、輸入品経路に関してメキシコやカナダ経由での港湾維持費(Harbor Maintenance Fee)と「その他のチャージ」の潜脱を防ぐようSecretary of Homeland Security(国土安全保障長官)に指示しているので、チャージの適用関係と輸送のために調達する本船ルートには注意をする必要があります。
(2025年4月10日記)
BIMCO レターについて
米国産LNGや穀物を米国建造船に限るというトランプ政権の案は今週公聴会を経ていますが、現在の米国での建造能力に照らし非現実的です。ご参考までに3/17付でUSTRに提出したBIMCOレターの関連部分を試訳しました:
引用開始:
「….米国の原材料輸入の輸送コストの上昇は、そのような商品は相対的に価値が低いため、高価値の輸入品よりもはるかに大きな影響を受ける。 この影響は、より多くの原材料を必要とする国内生産の増加など、米政権の他の表明した目標に逆行するものである。 提案されている措置の一部は、米国の輸出に関するものである。 これに関しては、米国で建造され、米国船籍を持つ船舶の建造と運航を活性化させたいという要望がある。 しかし、提案されている輸出要件を満たすために現在利用可能なトン数(注5)は、数、サイズ、種類ともに限られている。 もしあったとしても、年間、暦年あたりの米国輸出のシェアが、米国で建造され、米国船籍を持つ船舶で輸送されることが要求される20%を満たすことを証することができる海運業者はほとんどないだろう。 これは事実上、実施後の米国輸出がほとんどできないことを意味する。特にエネルギー輸出、特に液化天然ガス(LNG)は、米国で建造され、米国船籍を持つLNG船が就航しておらず、発注中もない。 将来、米国籍船で米国輸出を行うことが現実的かどうかは、本コメントの範囲外である。 米国の造船業は長い間競争力を失っており(注6) 、それは世界の船隊における米国の建造トン数の不足が証明している。 しかし、米国籍船で米国産輸出貨物を輸送することが義務付けられ、そのような船腹が利用可能になれば、輸送コストが大幅に上昇し、世界市場における米国産輸出貨物の競争力に影響を与えることになる。 まとめると、提案されている措置は、米国の輸出入に輸送コストの大幅な増加をもたらし、米国経済全体に悪影響を及ぼす。」
引用終了:
日本建造LNG(運搬)船(dual-fuel) を扱いましたが、性能への評価が高いので、日本建造船をお勧めしたいと思います。
個人的にはモス型が好きです。
(2025年3月27日記)
日鉄社によるUSSへの「投資」について
2025年2月10日、トランプ米国大統領は、石破総理の訪米会談後、日鉄社によるUS Steelへの「買収」ではなく「投資」である、「誰もUSSの株式の過半数株式は得られない」とエアフォースワンでのインタビューで答えていました。どのような「投資」スキームにするのか日鉄社関係者もこれから思案するのでしょうが、米国内にSPCを設立し、そこにUSSの事業を切り出し、同時に日鉄社からの大きな出資と技術供与で対応するのも一つの案かなと考えました。
頑張ってください。
(2025年2月10日記)