永遠のAI社長 – 玉三郎「火の鳥」を観て
焼豚(チャーシュー)にならないよう信号待ちをしていたビル陰、青信号と共に強烈な日の中に身を投じ、猛烈な暑さの中、先週、クライアント御要請に応じて海外営業関係部門向け法的ガイダンスに赴きました。メーカー各社は夏休みに入るところが多い時期、社員の皆さんも休暇を直前にリラックスした雰囲気があり、弊職の準備した海外販売代理店契約、海外公務員腐敗防止法対応(日、米、中、英、ベトナム)、そしてトレードタームなどを活用した海外取引相手との交渉実践、の各トピックに熱心に質疑を加えられ参加されました。ちょうど創業から100年を超え、従前から優秀な技術をお持ちですが、経営陣が先代から現世代にバトンタッチされ、さらなる発展を期しておられます。この4月に入社した方も既に先輩達と共に海外出張に参加しており、若々しい力を頼もしく感じました。夜の会食でも皆さんの個性的なプロフィールを知り感心したところです。
先週はその後、八月納涼歌舞伎で坂東玉三郎演じる「火の鳥」を観劇する機会を得ました。玉三郎(氏、と付けるのも何か変なので、敬意を持ちつつこのままで書かせていただきます)ははるか昔に弁護士会で講演いただいた機会に大変近くで拝見したことがあります。その時には一瞬で女性の優美な仕草を表現するのを感嘆したのですが、以来長期間観劇する機会が無かったところ、今年の春先に「阿古屋」琴・三味線・胡弓の「琴責め」三曲演奏の至芸を堪能する機会があり(現在演じられるのはほぼ玉三郎一人だけとか)、その時も今回の「火の鳥」も友人のご家族がご都合で行けなくなって頂戴することになった貴重なチケットでありました(有難うございます)。
さて、お話はどこぞの遥か昔、卑弥呼の時代よりももっと前の時代らしく、また必ずしも日本でもなさそうな意匠なのですが、修羅を経て国を統一した老齢の大王が病を得て命脈も尽きそうなとき、なお国の統治に執着し、二人の王子に永遠の命を約束するという火の鳥を遥か彼方の地に赴いて捕えてくるよう命じる、というものです。兄王子を市川染五郎、弟王子は市川團子ときて、更に王様が松本幸四郎ですから豪華ですが、ここに玉三郎「火の鳥」が現れるのですから凄いです。兄弟王子は気の遠くなりそうな旅を続け、艱難辛苦を乗り越え遂に…ということですが、まだ上演中ですから詳細は控えます。ただ、玉三郎「火の鳥」は永遠の命の意味を問いかけるわけですが、これを観ているときにふと、先日書いたAI仮想役員のことが思い出されました。劇中、大王はかしずく家来達全てから尊崇を集めているようで、皆が「大王が永遠の命を得られましたら、私共もどこまでも!」と健気(けなげ)です。が、もし大王ならぬ「AI社長」が退位も無く永遠の君臨をするようになったら、これは一体どうなるのだろう、確かにその時点では「創業者」や「中興の祖」と敬われた社長を完コピしたその最高の指導力と知見で導き続けていただけるかもしれない、これは何も考えず無謬の中に安穏を見出すことができそうだ、王様、もとい、AI社長万歳!….でもちょっと待て、「AI社長」が永遠の命を持ち続けその指示指図に縛られ続ければ、世代交代無く新たな知見の刷新も無い、そこに会社の発展は無いのじゃないのか、と。気が付いたとき、ひとたび絶対の権威を得た「AI社長」を挿げ替えることも容易ではなさそうだ。決死でAI社長データ更新を図る一部社員は内部通報によって大王への反逆を問われるのか?
玉三郎「火の鳥」は言いました。火の鳥はそのまま永遠に生き続けるのではなく、火の中に飛び込んで身を焼き、そこから再生するのだ、と。
(2025年8月15日記)
AI「仮想役員」への懸念
今朝の日経一面に某著名企業が経営会議にAI「仮想役員」を導入して、経営判断の手助けをさせるという記事が出ていました。色々な役員を演じられるそうですが、例えば「ESG担当仮想役員」だとすると「気候変動を踏まえた原料調達や水リスクの対応も議論すべきだ」と提言するそうです。社内データベースで発展させたAIによる提言なので、過去案件判断などとの一貫性維持などで有効だということですが、これを読んだときに経営会議というのは「あえて出さない」論点というのも世の中多いので、その辺の調整は大丈夫なのだろうか、と考えました。各社の役員会議では諸事情あってあえて経営会議に表出させない論点というのもままありますし、そういうご相談も多いです。多くの場合、営業サイドが考慮し、本部長あたりと協議して、役員日程やら交渉相手との関係でとか(契約上の表明保証にどうしても入れられない、事実上のリスクはかなり低いのだが役員日程で紛糾すると案件が流れかねない、など)、いわば「政治判断で触れない」ことは多いわけです。筆者も駆け出しの時に生真面目に会議でクライアントに「このような論点がありまして…」と言ったら「黙ってなさい」とボス弁に一喝されたという経験もあります(アソシエイトというのは取引の全体像が見えていないことが多いので)。あるいは、法務部インハウスカウンセルが社内事情をよく踏まえての精緻な論点整理で稟議を通すことに全力を挙げているときに、AI仮想役員が何の配慮も無しに余計な事を言ってしまう、ひとたび提示した論点を人間役員は無視できない、無視して後日問題が生じれば責任を問われるし、提示しなかった法務部員も怒られるし…という情景が見えました。
勿論これは一般論で、具体的に当該某著名企業のAI仮想役員登用がダメ、と言っているのではないので誤解ありませんように。関係法務部員が「AI法務担当役員」を凌駕しているので問題ないという前提なのだと思いますので。
(2025年8月4日記)
セミも鳴かない暑い夏、鳴かぬなら…トランプ関税15%
先般赤沢大臣の度重なる渡米、交渉努力が実り「15%」で合意が成立し、続いてEU、韓国も同率での合意となって、もうすぐトランプ大統領の大統領令が出されようとしています。交渉結果については識者から色々なコメントが出ていますが、「鳴かぬなら 鳴かせてみしょう 25%」の手紙まで出した手練のディール大統領相手で対米主要黒字国中の先駆けこの数字を獲得しており、一定の評価ができるのではないかと思います。これからは対米投資のコミットメントをどのように実現するのかに関心があり、例えばアラスカのLNG輸出ルートがらみでのパイプラインなどの設備建造資金拠出は、その巨額さに照らすと(総事業費は440億ドル、約6兆4800億円とか。日経2025年7月14日付)もはや算盤の問題で議論するものではなくなっていて中東混乱に対する日本にとっての安全保障リスクヘッジとして位置付けるのが適切になっているのではないかとも感じるのですが、春先に議論のあったUSTRの米国産LNG船建造問題について韓国造船大手ハンファオーシャンが50年ぶりに米国でLNG船受注との報道があり(7月23日付海事新聞)、報道によれば約2億5000万ドルほどとかで、こちらも米国人件費を考えると算盤上はペイしないのではないかと考えつつ、米国建造船を増やすのはこれまた安全保障上のメリットも考えなければいけないか、もう日本はLNG船建造していないので、それならいっそのことアメリカで可愛いモス型を作ったら…、などと全国摂氏40度超続出、あまりの暑さにセミの声も聞かないこの夏、幻想するところです。
追記
上記直後に大統領令が出たところ、EUには15%調整規定(capで15%となる)があったのに日本には15%調整規定がなく、既存関税への上乗せ(トッピング。例えば従前10%なら25%)と解される規定ぶりに大きな問題となりました。赤沢大臣が直ちに渡米し先方と確認したところ「米国側手違い」「然るべきタイミングで修正大統領令を出す」と確認されましたが、cap15%は交渉合意のキモにあたる点ですから、親子丼を頼んだら他人丼が出てきたくらい全然違う(どっちも美味いから例えが悪い?すみません)、ここを交渉団がよもや外すはずはなく、この大統領令に冷水を浴びせられた交渉事務方は生きた心地がしなかっただろうと思います。こういうことは国際的な契約交渉ではままありがちです。書面化していないのが問題だ、という批判がありますが、外国当事者との厳しい契約交渉実務では限られた時間の中で議事録を逐一取り交わし交渉認識に誤りがないか慎重対応しすぎると、案件自体がパーになってしまう危険があります。赤沢大臣が15%の合意を得た7月下旬時点では8月早々での世界的な相互関税発動が予告されており、日本に関しては「鳴かぬなら…25%」を突き付けられていた切迫した状況にありました。まずは対米有力黒字国の中で最低レベルの関税率で合意の先行ポジションを確保することが重要でありましたから、ここは「拙速を尊」びたいと考えます(春先からの「10%」より不利じゃないかと不満の声も聞きますが、他と比較してもこの時点で10%維持は困難だったと思います。また、ここで「橋頭保」を築いておけば、今後高関税が生み出す米国内での影響次第で交渉機会はあるとみています)。
但し、いつ大統領令が修正されるかについて「自動車関税と一緒に」との報告・報道になっていますが、自動車(特定品目関税対象)は大統領にとってかなりこだわりのある分野ですし、日本との合意報道直後から「15%は低すぎる!」との米国自動車業界による不満が出ており、これはいつ政治問題化するか、両者をリンクさせるのはやや懸念があります。契約交渉においてもある条項はまず不可逆に固めておいて、またある条項交渉はそれとは切り離して、という扱いが安全であるというのは、一通り契約交渉を行い、やれやれ妥結、と見たところで全体を見渡してまた交渉を契約書起案の頭から始めてきた中国企業との交渉で日没とともに北京ダックが遠のく、の私的教訓でありましたので。
(2025年8月1日記)(8月11日追記)
講談- 澁澤栄一伝
7月6日に商船三井同好の方々に誘われて生の講談を初めて観ることになりました。「神田京子講談師芸歴25周年記念ファイナル講演」は満員で、前半は金子みすゞ(神田講談師の同郷とのこと)の生涯を繊細なタッチで演じていました。後半は澁澤栄一の青年時代の挫折、攘夷の気持ちで横浜焼き討ちに参加しようとしていたところ、薩摩はイギリス、幕府はフランスと組んでいる実情を知って気持ちを変え、その後徳川慶喜に才能を見出されパリ万博に派遣、大いに研究、目を開かされ、帰国すると世の中は維新で全く変わっていて大隈重信の誘いに大蔵省で勤務後、民間人として社会に尽くそうと活躍するその気概 … を見事に表現されていました。個人的には、パリ万博に向けフランス客船で出航後、寄港先で見聞した西洋列強のアジア侵略、特にアヘンで人々がボロボロになってしまった中国大陸の惨状をその目で見て、何とかしないといけないと西洋に学ぶ決意を高めつつ、あの時代で極めて積極的に欧州のあちこちを訪問し、先進技術への驚異とともに咀嚼していったくだりに関心がありました。
なお、アヘン戦争は東洋での国際海上保険にも影響を与えていたとの指摘が最近の新著「覇権、暴力・保険」(新谷哲之介著 保険毎日新聞社)にもあり、業務上の関心のあるところです。
(2025年7月8日記)
下記「US-built」の論点についてUSTRのコメントを得ました。
協力して案件を担当しているボストンの米国法海事弁護士を通じて下記論点についてUSTRのコメントを得ることができました。結論としては「2028年から」も「2029年から」も正解。理由も聞きましたが非常にテクニカルで一般読者の誤解を避けるためにここでの詳細は避けますが、下記USTR発表の書き方でそういう読み方をするのか、とは感じた次第です(当該米国の先生たちも海事関係者らとこれをちょうど議論中だったとのことなので弊職だけの疑問ではない、と)。なお、この問題に関する「US-built」はカボタージュ制度で有名なJones Actのそれとは違う、もっともっとstrictだ、というコメントももらっています。
(2025年4月25日記)
USTR 2025年4月27日発表についての追記
注目されている米国建造LNG運搬船の使用義務の件ですが、その後の報道には当事務所が報告するように2028年から、とするものの他に2029年(4月)から適用、というものも見られます。この点についてですが、問題のUSTR公表資料(Billing Oder 3390-F4。4月23日付Federal Register/Vol.90. No.77参照)Annex IV (Restriction on Certain Maritime Transportation Services)に規制の開始タイミングがリスト表示されており、その(f)(Schedule of Restriction)に米国産LNG輸出に使用すべき米国建造運搬船使用比率が次のように定められています:
For all LNG intended for exportation by vessel in a calender year, the following percentage must be exported by a U.S.-built vessel that meets the requirements described as follows:(1)…(2)…(3)… (4) From April 17, 2028, to April 16, 2029: one percent on U.S.-flagged and U.S.- operated vessels. For every subseuent year, the following percentages are exported by U.S.-built, U.S.-flagged, and U.S.-operated vessels: (5) From April 17, 2029, to April 16, 2030: one percent….(以下省略).
上記の記載内容はやや曖昧で、確かに米国建造船使用要求は(5)からとも読めそうです。ただ、条文柱書の黒字部分(筆者が強調のため黒字で表示)は(4)の期間にもかかるので、2028年から米国建造LNG運搬船使用を段階的に義務付けるのがUSTRの意図に見えます。いかがでしょう。
その他色々曖昧な規定があります。ロングタームの巨額投資を求める話の割には米国当局の起案や理解に整合性があるのか疑問もあり、そもそもLNG運搬船建造造船所を完成させてからLNG船建造にどのくらいの期間かかるのかという実現可能性も疑問があるので、ご存じの通り政策方針が朝令暮改状態の下では今後とも慎重な検討を要するものと思います。
(2025年4月24日記)
USTR の2025年4月27日発表について
米国産LNGの輸出について2028年以降米国建造・籍LNG運搬船の利用を一定量(段階的に)義務付けるUSTR 301条措置が4月17日に発表されました。既にお知らせした公聴会を経て、米国での建造能力が無い現時点ではさすがに無理ということで段階的措置とされました。そのため「緩和された措置」との評価が報道では見られます。韓国造船社による米国での一般商船建造投資の話は出ていますが、LNG運搬船(弊職が扱い始めた頃は新造船一隻USD200milくらいが相場でしたが、最近はUSD250mil前後)に関してはこれを米国内で建造するには膨大な先行投資と人材・技術の集約を要し、米国政府の政治的コミットメントが不安定な中では実際の投資決断は非常に困難かと思います。Chicago風に言えば、”Understsndable, Understandable, Its ambition is perfectly understandable, but … can you make a very long-term commitment?”
このUSTR発表は既存プロジェクトの取り扱いなども詳細が不明で、今後も連携先米系法律事務所と協力して適用法令や契約条項の適用解釈について注目していきたいと思います。
(2025年4月19日記)
大統領令4/9について
先ほど出された「相互関税90日間ストップ」で株式市場は大きな変動となり、こちらの方はあまり一般的な報道では注目されていませんが、先ほど出されたホワイトハウスのHPでの発表を見ると、先日懸念を示した米国産LNGや穀物などの輸出を米国籍船に限定するという指示は出ておらず、3月末に連続して行われた公聴会を踏まえて先日「BIMCOレター」で紹介した論点に関してはひとまず大丈夫のようです。ただ、今回の大統領令では貿易における中国建造船の大数に比し米国建造船がほとんど存在しない点に強い不満が示されていて、米国造船産業に注力すべくSecretary of Defenseに指示していますし、USTRに対しては中国造船に関して独禁法違反への対応勧告を求めているので、中国建造船に対する米当局対応は今後も注意すべき論点です。なお、輸入品経路に関してメキシコやカナダ経由での港湾維持費(Harbor Maintenance Fee)と「その他のチャージ」の潜脱を防ぐようSecretary of Homeland Security(国土安全保障長官)に指示しているので、チャージの適用関係と輸送のために調達する本船ルートには注意をする必要があります。
(2025年4月10日記)
BIMCO レターについて
米国産LNGや穀物を米国建造船に限るというトランプ政権の案は今週公聴会を経ていますが、現在の米国での建造能力に照らし非現実的です。ご参考までに3/17付でUSTRに提出したBIMCOレターの関連部分を試訳しました:
引用開始:
「….米国の原材料輸入の輸送コストの上昇は、そのような商品は相対的に価値が低いため、高価値の輸入品よりもはるかに大きな影響を受ける。 この影響は、より多くの原材料を必要とする国内生産の増加など、米政権の他の表明した目標に逆行するものである。 提案されている措置の一部は、米国の輸出に関するものである。 これに関しては、米国で建造され、米国船籍を持つ船舶の建造と運航を活性化させたいという要望がある。 しかし、提案されている輸出要件を満たすために現在利用可能なトン数(注5)は、数、サイズ、種類ともに限られている。 もしあったとしても、年間、暦年あたりの米国輸出のシェアが、米国で建造され、米国船籍を持つ船舶で輸送されることが要求される20%を満たすことを証することができる海運業者はほとんどないだろう。 これは事実上、実施後の米国輸出がほとんどできないことを意味する。特にエネルギー輸出、特に液化天然ガス(LNG)は、米国で建造され、米国船籍を持つLNG船が就航しておらず、発注中もない。 将来、米国籍船で米国輸出を行うことが現実的かどうかは、本コメントの範囲外である。 米国の造船業は長い間競争力を失っており(注6) 、それは世界の船隊における米国の建造トン数の不足が証明している。 しかし、米国籍船で米国産輸出貨物を輸送することが義務付けられ、そのような船腹が利用可能になれば、輸送コストが大幅に上昇し、世界市場における米国産輸出貨物の競争力に影響を与えることになる。 まとめると、提案されている措置は、米国の輸出入に輸送コストの大幅な増加をもたらし、米国経済全体に悪影響を及ぼす。」
引用終了:
日本建造LNG(運搬)船(dual-fuel) を扱いましたが、性能への評価が高いので、日本建造船をお勧めしたいと思います。
個人的にはモス型が好きです。
(2025年3月27日記)
日鉄社によるUSSへの「投資」について
2025年2月10日、トランプ米国大統領は、石破総理の訪米会談後、日鉄社によるUS Steelへの「買収」ではなく「投資」である、「誰もUSSの株式の過半数株式は得られない」とエアフォースワンでのインタビューで答えていました。どのような「投資」スキームにするのか日鉄社関係者もこれから思案するのでしょうが、米国内にSPCを設立し、そこにUSSの事業を切り出し、同時に日鉄社からの大きな出資と技術供与で対応するのも一つの案かなと考えました。
頑張ってください。
(2025年2月10日記)